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星の国から孫二人
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2008/10/11(Sat)
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昨日、職場に一人の方からお電話をいただきました。自閉症児を取り上げた映画 「星の国から孫二人」 についての問い合わせでした。
盛岡市のお隣滝沢村に住むMさんとおっしゃる女性で、ご子息が自閉症で養護学校生学部6年生、自閉症協会の支部で幹事をしておいでの方で、インターネットで自閉症の検索でこの映画をしり、その記事の中に私どもの法人理事のお一人F氏が協力者としてお名前が載せられていたので、お電話をくださったのでした。 ![]() ![]() ![]() この映画の監督をなさる槙坪夛鶴子さんと、H理事は以前からのお付き合いがあります。映画完成後は各地で自主上映会を開催する予定ですが、わが法人は今年設立15周年であり記念事業の一つとして上映会を開催したいこと、もし共催等で協力してくれる団体があれば市内の会場を確保して広く市民にも見てもらいたい等々、Mさんにお話ししたところ、できるならぜひ一緒に運動をしたいというお話で、週明けに施設を訪問しますというお約束をして電話を置きました。 2か月前、H理事からこの映画のお話はうかがっていたものの、ついそのままに失念しておりましたから、慌ててホームページを開いてみて、監督のブログにごあいさつのコメントを書き込み、このブログでも紹介したという次第です。。 興味関心のおありになる方はホームページをご覧の上で、周知・広報等にもご協力を頂ければありがたく存じます。 「星の国から孫二人」http://hoshinokuni-autism.com/ |
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学童見守り隊
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2008/10/09(Thu)
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私の家から職場までは13キロの距離です。渋滞になる時間より少し早く、市街地に入らないコースなので比較的スムーズなのですが、雨が降ったり少し遅く家を出たりすると渋滞に巻き込まれて身動きが取れなくなります。そんなときはメイン道路を外れて横道に入りワープします。住宅地の中の細い道で、車同士の擦れ違いが不可能な道路です。学童通学路にもなっていますので、坂道の途中には見守り隊の先輩が立っています。去年までは一人でしたが、最近人数が増えました。楽しそうな朝の一時に見えますが、毎日のことですからご苦労さまです。 今朝の通勤途上での話題をもうひとつ。 盛岡には南北に北上川が流れていて、お隣宮城県の石巻市まで200キロ流れていきます。この北上川の支流の一つに中津川がありますが、この川は市内中心部を横切って、市庁舎や県庁舎のすぐ近くを流れて行きます。その合流点から約10キロ上流の橋、浅岸橋で今朝写真を撮りました。 太平洋岸の石巻から上ってきた鮭が数10匹、バシャバシャと尻尾で水を跳ね上げながら、必死で泳いでいたのです。背びれも尾びれも200キロ以上の長旅で傷だらけで白く擦り切れています。故郷の川に帰ってきて、浅瀬の小石を鼻先で掘って産卵するのです。前で泳ぐメスが体を震わせて産卵すると、すぐ後ろに寄り添って泳いでいるオスが同じようにして精子を出します。 ![]() 産卵を終えた鮭は、そこで息絶えます。 街では橋の上から行き交う人たちがけなげな鮭に声援を送ります・・・今ではすっかり盛岡の秋の風物詩になりました。地元紙岩手日報のニュースでもっと綺麗な鮭の写真をご覧ください。 http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20080923_P |
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父の喜び
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2008/10/08(Wed)
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私の施設には男性28人、女性22人の知的障がいや発達障がいをお持ちの方が入所して生活をしています。若い人は27歳、最年長の人は73歳、平均年齢45歳です。言葉を持たない方やこだわりの強い方もいらっしゃいます。
その中の一人S君、33歳の男性です。いつの頃からか機嫌の良い時に、私のことを 「お父さん」 と呼ぶようになりました。朝出勤すると施設長室にやってきて 「お父さん、お早う」と挨拶をしてくれて 、私に来客があると入口から中を覗いて 「この人、お父さん。ぼく息子」 と自己紹介をして行きます。また時々キャンディやおやつのお菓子を持ってきて 「お父さん、食べろ」 と、私の掌にポトンと置いていきます。 時々、利用者同士何かの拍子に気に障る出来事が起きると、癇癪を起してパニックになることがありますが、その時はお父さんではなく 「し・せ・つ・ちょう!」 と大声で泣き叫びます。こうなったら誰も手がつけられません。後ろから体を包み込むようにして抱き抱えて両方の手首を抑え、興奮が収まるまで待つしかありません。まるで体の大きな3歳児のようです。 血は繋がっていませんが、実の息子に似た感情が湧いています。30歳を過ぎた大人を子ども扱いにして、お父さんと呼ばせるのは如何なものかと思わないでもありませんが、彼のお母さんは亡くなっていますし、お父さんも長期入院で面会も出来ませんから、彼の気持ちを考えると、今の段階ではベストでないにしてもベターなのかなと思っています。 もう一人、私のことをお父さんと呼ぶ人が出てきました。 この人は30歳の女性、今月に入ってからブログの訪問履歴で彼女のブログを読んでコメントを送った方です。削除されるのを覚悟で管理者にのみ表示許可でコメントを送ったのですが・・・ 今日ブログを訪問してみたら 「お父さん」 というタイトルで、次の文が書かれていました。 あるお父さんに、 暖かく厳しくやさしく諭され ブログタイトルと 説明文を変更しました。。。 お父さんありがとう。 まだ見ぬ娘が一人増えました。今日も、ブログを始めていて良かったと思いました。 |
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わが町のおいなりさん
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2008/10/05(Sun)
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10月の第1日曜日は、わが町のおいなりさんのお祭りです。
盛岡市の郊外のこの辺りはりんご畑や野菜畑の広がる地域でしたが、宅地化が進んで、今年は町内会発足40周年でした。発足当初は42世帯、今では550世帯を超しています。おいなりさんも以前は小さな祠で、4、5軒の農家の方がお祭りしていましたが、20年前に協賛会を作ってお社も町内の大工さんに頼んで大きく建て替えました。お神輿は手作りの樽神輿ですが子どもたちが担いで町内を巡ってくれます。 ![]() ![]() お神輿出発前に記念写真を撮ります。 毎年の私の担当は芋の子汁作りです。アルミの大鍋で二つ煮るのですが、野外ですから薪のかまどで作ります。材料は前の日に子ども会の世話人さんが公民館で刻んで準備しておきます。 数年前から子ども会世話人さんの包丁研ぎをサービスで始めました。けっこう評判がよくて、今年「包丁研ぎます。研ぎ賃無料。」と案内のチラシに入れたところ大繁盛で、一人暮らしのお年寄りの女性に喜ばれました。危うく昼食抜きになるところで、見かねたKさんが手伝ってくれて・・・来年はどうしようか今から心配です。 お神輿を担いだ後は、紙芝居が登場です。今年は「連続空想科学大活劇・ダイヤのひかり」を持っていきました。前・中・後編とあったのですが、包丁研ぎが忙しくて、前編の「空飛ぶジゴマの巻」だけしかできませんでした。東京通り4丁目のケンショウ堂貴金属商会から35億円のダイヤを盗み出した大泥棒の怪盗ジゴマを科学探偵少年バットが追いかける。果たして・・・・続きはまた来年のお楽しみ〜 お祭り最後は餅まきです。包丁研ぎをやっと仕上げて、私は19個拾いました。うちの稲荷さんのお祭りは毎年秋晴れの好天気です。去年のブログにも写真を載せていますのでこちらもご覧ください。 町内のおいなりさんhttp://ikiikigenki.blog96.fc2.com/blog-entry-84.html |
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出張 −北の国まで・3−共働学舎新得農場−
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2008/09/27(Sat)
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9月24日(水)
午後、共働学舎新得農場を訪問しました。 北海道・十勝平野の西の玄関、新得町。この町の通称“牛乳山”と呼ばれる山のふもとに、共働学舎新得農場があります。身体が不自由だったり、精神的に安心できなかったりで一般の学校や会社に行かなかった人、行きたくない人、牛が飼いたくてやってきた人など、さまざまな人が色々な理由でここに集まってきています。 共働学舎とは、宮嶋信一郎氏が自由学園の教師を50歳で退職し、1974年郷里の長野県北安曇郡小谷村で心身にハンディのある人たちとの生活「共働学舎」を設立したのが始まりで、現在長野県小谷村の2カ所(立屋地区、真木地区)北海道の3カ所(寧楽、新得、沼田)、東京の南沢の通所のクッキー作り作業所、東京事務所に合わせて約150人がメンバーとして生活しています。2006年、特定非営利活動法人(NPO)となりました。 (共働学舎HPより) 共働学舎新得農場の代表は宮嶋望氏、東京生まれ、創設者宮嶋信一郎氏のご長男です。自由学園を卒業後、アメリカ、ウイスコンシン州立大学で酪農学などを学び、1978年、新得共働学舎を設立。今年30周年を迎えました。代表の望氏は、23日東京で理事会があり、新得農場には24日夜に帰るとのことでした。お会いする前に農場内を見学しておいた方が話しが早いだろうというご配慮で、お帰りになる前にお邪魔したというわけでした。 お邪魔したのは「共働学舎交流センター・ミンタル」です。 応対してくださったのは代表の奥様で、訪問のごあいさつの後、メンバーの小○さんを紹介していただき、彼の案内で農場内を巡らせていただきました。 10数頭の子牛がいて、小○さんが「何時までもこの位の大きさでいれば可愛いのに」と、頭を撫でていました。 右側が母屋で一階が食堂・ホール、二階が男子寮です。左側が新築のグループホームで、泊めていただく二階のゲストルームにいったん荷物を置いて、農場内を案内してもらいました。 夕方4時半、搾乳の時間というので牛舎に行きました。搾乳の間に牛舎の中の清掃を済まし、そこへ搾乳を終えた牛たちが戻ってきの夕食です。 9月25日(木) 牧場のナナカマドは葉が落ちて赤い実だけでした。8時から母屋で朝食をいただきました。代表の宮嶋望氏と懇談ができました。新得農場には30年の歴史があります。60人の障がい者との30年に及ぶ生活と、乳牛飼育やチーズ作りのこと、マザーテレサとの思い出など、いろいろと示唆に富むお話を聞くことができました。 10時からお客様が来るというので、交流センター・ミンタルに移動しました。チーズ、コーン人形、絵はがきをお土産に買って・・・帰りは12:05発の特急ですので、11時過ぎ、新得農場をお暇しました。 道のすぐ脇に羊がいて、男性が餌をやりにきたところでした。「羊は何という種類ですか?」と声をかけましたが、見向きもせずに帰ってしまわれました。私どもの法人名は「いきいき牧場」ですが、今いる動物は柴犬の雑種犬が一匹だけ。こちらには、乳牛、肉用牛、豚、馬、羊に鶏がいました。敷地は78町歩。規模も作業種目も比較できないほど差がありますが、心には共通するものがあると感じて・・・触発されることの多い実りある二日間でした。 共働学舎新得農場:http://www.kyodogakusha.org/ NPO法人共働学舎:http://www.kyodogakusya.or.jp/shintoku/index.html |
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出張 −北の国まで・2−
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2008/09/26(Fri)
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北海道に出張してきました。
9月23日 リュックサックに3日分の着替えと雨合羽(ゴアテックス)、尺八と文庫本を詰め込んで、盛岡駅07:59発はやて95号に勇躍乗り込みました。 08:37八戸駅着、08:52発スーパー白鳥95号に乗り換え、函館駅12:02に着きました。 すぐに乗り換えて、12:25発スーパー北斗9号の予定だったのですが、久しぶりの函館でしたから途中下車して函館でお昼を摂ることにしました。駅のロッカーに荷物を預けようとしたら財布の中に小銭がなくて、とりあえず腹ごしらえをしようと目の前の朝市に出かけ・・・ウニ丼、ホタテ丼、それともイクラ丼にしようか、3色丼か5色丼にしようか、イカそうめんが良いかなと、市場の中をぐるぐる回って・・・ホッケ焼き定食975円也でおしまい。 結局、荷物も預けずリュックを背負ったまま、函館山も赤レンガ倉庫群も、五稜郭にも行かずに・・・函館発14:13 スーパー北斗13号に乗り南千歳17:00 着、17:09|スーパーとかち7号に乗り換えて、 18:45、新得駅に着きました。 この日の宿は駅前にある新得旅館でした。― 続 く ― ちなみに、今回の出張目的は・・・共働学舎新得農場の視察見学でした。 共働学舎新得農場:http://www.kyodogakusha.org/ NPO法人共働学舎:http://www.kyodogakusya.or.jp/shintoku/index.html |
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出張 −北の国まで−
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2008/09/22(Mon)
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明日から出張です。北海道の新得町までです。
盛 岡 07:59 発 はやて95号 八 戸 08:37 着 08:52 発 スーパー白鳥95号 函 館 12:02 着 12:25 発 スーパー北斗9号 南千歳 15:12 着 16:17 発 スーパーおおぞら9号 新 得 17:38 着 北海道は5年ぶりです。飛行機にしようか、自家用車にしようか迷いましたが、一番安く一番ゆっくり行けるJR利用の旅にしました。文庫本を6冊持ちました。 推理小説と時代小説です。 帰りは25日、新得発12時5分、盛岡着20時35分の予定です。 |
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運動会
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2008/09/21(Sun)
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今日は元気丸の運動会。去年は秋晴れの天気でしたが今年は朝から雨模様の日で、会場を変更して地域の小学校の体育館をお借りしました。
まず、準備体操から・・・ 障害物競走・・・家族会会長のSさんと、M事務長の競り合いです。 利用者全員の紅白リレー。普段は散歩に出かけるのも億劫なM子さんも、K子さんも、A美さんも、一生懸命走りました。 |















































